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「しっぽのきもち」


「マロンちゃん、随分髪が伸びましたわねぇ」
ある、晴れた日の午後。のんびりとしたお茶タイムにティラが、マロンの髪をしげしげと眺めて呟いた。部屋の中は、マロンが入れた紅茶と、焼きあがったばかりのクッキーの良い香りで満たされている。
マロンは、先程まで台所で作業中だったため、髪を真中あたりから一本の三つ編みにして、邪魔にならないようにまとめていた。それを眺めて、一段と伸びたなあと、ティラが思ったらしい。
「こんなに伸びても、枝毛一つ無いんだから・・・・羨ましい髪よね」
同じくお茶のテーブルに招かれているショコラが、やはりしげしげとマロンの髪を眺めて呟いた。マロンは二人の言葉には何ら表情を動かさず、一口静かに紅茶をすする。
「美しい・・・・・・」
それを見ていたガトーがぽそっと呟いたが、いつもの事なので見事三人には無視された。
三人・・・そう、三人である。ガトーを入れても四人。一人メンバーが足りない。こういう時にいないのは、当然といえば当然であるが、キャロットである。もちろん、何をしているのかは既にばればれだった。
ではどうしてティラとショコラが追いかけていかないか? それは、「どーせ失敗するに決まってるから、とりあえずマロンちゃんのおいしいお茶をいただいてから」という訳だった。
もちろん、二人の嫉妬心を引き止めるくらいにマロンのお茶はおいしかったし、マロンの焼いたクッキーの匂いにひかれて、キャロットが帰ってこないとも限らない。
「いつから伸ばしてるんだっけ?確か、子供の時は肩のところで切ってたわよね」
「そうそう、おばさまがお庭でカットしてたのを覚えてますわ」
「さあ・・・覚えてないな」
興味なさそうな顔をして、マロンが答える。
「美しければなんでもいい」
ぽそっと呟いたガトーの言葉は、また見事に無視されたのだった。


その夜。お茶を頂いた後の姉妹に、発見捕獲されて法族狩りの寮に戻ってきたキャロットは、風呂あがりに首にタオルをかけたまま、残っていたクッキーをかじっていた。資料図書室へ出かけていたマロンが、そこへ戻って来る。
「おう、マロン。風呂あいてるぞ」
「兄さん、寝る前にお菓子なんか食べてると虫歯になるよ・・・」
「平気、平気・・・・ちゃんと磨くって」
しょうがないなあ、という調子でため息を吐いて、マロンは抱えていた本をテーブルに置くために振り返る。編んだままの髪の毛が、その動きにまるで跳ねたように揺れた。
「・・マロン、お前さあ・・・・・」
「何?」
「そうして編んでると、その髪、しっぽみたいだな」
軽い調子でそういったキャロットが、最後のクッキーを口に放り込んで、そのままもう一度洗面所へと入っていってしまった。マロンが意外な一言に、反応を返せないできょとんとしている。
「あ・・・」
暫くして、マロンが何かを思い出してはっとした。
「そうか、そうだっけ」
思わず呟いて、可笑しそうにくすくすと笑う。
「なぁに笑ってんだ・・・・?」
洗面所から、歯ブラシを咥えたままのキャロットが、不思議そうに聞いて来る。
「なんでもないよ」
にっこりと、兄以外には見せない笑顔で微笑んで、マロンが答えた。
「ちょっと・・・子供の頃の事を思い出しただけだよ」
「子供の頃?」
「しっぽに関するちょっとした・・・ね」
そう言ってまた、くすくすと笑う。キャロットが訳が分らなくて、きょとんとした顔をする。
「おい・・・わかんねぇよ、何の話だ?」
「兄さん、覚えてない? ほら、僕は小さい頃、ちょっと犬が苦手だった事があるでしょう・・・」
「ん?ああ、そうだっけ?」
「そう。里にはあんまり犬はいなかったからね」
キャロットに答えながらマロンは、ゆっくりと幼い頃の記憶を掘り返していった。


「やだぁ、恐いー、噛むー」
舌ったらずの声が、なんだか脅えたように、午後の日差しの温かい裏庭のほうからしていた。家の中のベッドでごろごろしていたキャロットが、聞きなれたその声を聞きつけて、急いでベッドから飛び降り、靴を履いて外に飛び出す。
「マロン?!」
急いで裏庭に駆けつけた小さな兄は、家の壁にへばりついているやっぱり小さな弟をすぐ発見した。
「兄さぁん・・・」
「何してんだ、マロン?」
特にいじめっ子の姿も見えないので、不思議に思って思わずキャロットが尋ねる。
「だって、犬が・・・・・・」
「犬ぅ?」
そう言われて地面に落した視線の先には、どう見ても生まれて半年くらいの小犬の姿が合った。壁にへばりついているマロンの足下で、マロンを見上げて嬉しそうに尻尾を振っている。真っ白の、ふわふわの毛をした可愛い小犬である。
「なんだ、小犬じゃん」
「だってぇ・・・・追っかけて来るんだもん、噛むよぉ・・・・・」
半べその弟の表情を見ていたら、なんだかおかしくなってキャロットは思わず笑ってしまった。
「馬鹿だなあマロン。こいつ、お前が好きで追っかけてきたんだぜ」
「僕の事、好きなの?兄さん、どうしてわかるの?」
意外な事を言われた、というように、マロンが目を真ん丸に開いた。
「だってさ。ほら、こんなに尻尾振ってるじゃん」
「尻尾・・・・?」
確かに兄が指し示した尻尾は、千切れんばかりに振られている。犬が屈み込んだキャロットを見上げて、これも嬉しそうにじゃれついてきた。
「遊んで欲しかったんだよ」
「ほんと?噛まない?」
「噛まないって。犬が尻尾を振ってるのって、相手の事を好きな時だけだぜ?」
そう言いながらキャロットは、小犬を抱き上げて、今度はマロンに差し出した。マロンが恐る恐る、そーっと手を出して小犬の頭を撫でた。犬がぺろっと舌を出して、マロンの手を舐める。マロンがびっくりして手を引っ込めた。
「ひゃっ・・・」
「大丈夫だって・・・・ほら、抱っこしてみろよ」
兄に言われて、こわごわと手を出したマロンに、やっぱり犬は尻尾を振っている。
「わあ・・・・・」
兄が抱かせてくれた子犬はふわふわで、とても可愛かった。子犬がおとなしく抱かれているので、マロンがやっと安心したように笑う。その笑顔を見て、キャロットが満足そうに鼻の下をこすった。
「尻尾見りゃわかるんだよ、そいつが俺とかマロンの事を好きかどうかって」
「犬の尻尾って、面白いね・・・大好きだって伝えるためにパタパタするんだね」
安心したマロンが、パタパタ振られている尻尾をしげしげと眺めて、感心したように呟いた。
「おし、あっちの広場でそいつも一緒に遊ぼうぜ!」
「うん!」
そうして小さな2人は走り出し、日が暮れるまでたっぷりと遊んで、帰るのが遅いと母に叱られたのだった。


「ああ、そんなことあったっけ?」
キャロットが、説明されてもまだわからない様子できょとんとしている。元来忘れっぽい兄だから、憶えていなくても不思議はない。暫く考え込んだ後、やっぱり覚えてないのだろう、どうでもいいやという感じで伸びをして、さっさと寝室へと歩き出す。
「やっぱわかんねーや。俺もう寝るわ」
「うん、おやすみ兄さん」
そんな兄を笑顔で見送って、マロンが図書室から借りてきた本を静かに捲った。だが、心は又別の回想に沈んでいく。


さっきの回想には、実は続きがある。そんな事があってから数日後、だいぶ伸びた髪を切って上げると、母が言い出した。
その時マロンは、肩より少し下まで伸びた髪を、ひとつにくくっていた。それを見た母が、なんだか面白そうに呟く。
「なんだか、そうしてると尻尾みたいね」
「尻尾・・・?」
たった数日前に、兄と交わした尻尾の話を思い出して、マロンが面白そうに笑った。
「やっぱり、切らないで、母さん」
「あら、伸ばすの?」
「うん」
頷いて、マロンは外に駆け出した。散髪が終ったら遊びに行こうといっていた兄が、外で待っている筈だ。走っていくマロンの背中で、尻尾のようだといわれた髪が何度も跳ねる。
ちょっとその髪を手で触って、マロンは満足そうに笑った。
「あれ?マロン、髪切らなかったのか?」
キャロットが、マロンの髪が元のままな事に気づいて尋ねて来る。
「うん。伸ばす事にしたの」
マロンが答えて、兄のための取って置きの笑顔で笑った。
「切んないのかァ」
そう言いながら、キャロットがマロンの髪に触れる。自分と違ってまっすぐな奇麗な髪の毛だから、伸ばしてもきっと奇麗だろうな、と、ふとキャロットは思った。
「よっしゃ、遊びに行こうぜ!」
「あ、待ってよ兄さん!」
慌てて兄の後を追いかけながら、マロンが思う。
髪はきっと、ずっと切らないだろう。だって、尻尾なのだ。大好きな人に、大好きだよって伝えるための尻尾。だから。
「早くこいよ、マロン!」
先に言ってしまった兄が、大声で呼んでいる。マロンは「尻尾」をぱたぱたさせながら、その後を追いかけていった。



        なりたいものは たくさんあるけど
一番なりたいものは 決まってる
それはしっぽ しっぽ しっぽよ
あなたのしっぽよ
好きというかわりに しっぽが揺れるの
(Song by 谷山浩子)

<END>




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