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今年もやってきた。
甘い匂いのする季節・・・2月恒例の、そう、バレンタインである。
さて、質問です。バレンタインの日のキスは、なんの味?
バレンタイン・・・・それは女の子からチョコレートが貰える日。もしかしたら、「ずっと前から好きでしたっ、つきあってくださいっ」とか言われちゃったり、奇麗なお姉様から「プレゼントはチョコだけじゃ無いのよ、ボーヤ?」とかなんとか言われちゃうかもしれない、一大イベントである。・・・が。
いつもならとっくに浮かれて大騒ぎしているはずの、愛の伝導師は朝から暗かった。背後に火の玉が飛びそうなほどに、暗い。ただ椅子に座って、窓からぼーっと外を見ている。
「どうしたの、兄さん?」
さすがに心配したのか、マロンが声をかけてきた。良い香りのする紅茶のカップを、キャロットに手渡す。
「なんだか元気がないね・・・今日みたいな日は真っ先にはしゃいでると思ったのに」
「だってよお・・・」
カップに口を付けながら、キャロットがぶつぶつ言っている。小さい独り事だったので、聞き取れなかった。マロンがキャロットの口元に、耳を近づける。
「何?」
「ショコラがさあ・・・」
「ショコラが、どうしたの?」
「おっきなチョコレートを台所で手作りしているという情報が入った」
ふかあああああい溜め息と共に、キャロットが言う。マロンがくすりと笑った。
「いいじゃない、チョコレート好きでしょう」
「・・・程度の問題だ」
「?」
「じゃあ聞くけどよ。お前がショコラからチョコレートをもらったとして、だ」
「うん」
「それが、どうやって作ったんだか、ショコラの等身大ヌード型ぬきチョコレートで、あげくに絶対何か怪しい成分がまざってて、さらに食わなきゃ半殺しと運命が決まっていたら、どうする」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
思わず、互いの顔を見つめあってしまう二人である。考えたくない事態だ。
「何も混ざってなくたって、ショコラの等身大ヌード型抜きだぞ?そんなの、食うのも飾っておくのもやだ」
「・・・うーん・・・」
マロンも腕組みして考え込んでしまう。
「そんなもの貰ったら・・・」
「貰ったら・・・?」
「部屋がせまくなるなあ」
しれっ、と妙なことを言うマロンに、がっくりと肩を落とすキャロットである。
「冗談だよ」
「お前なあ・・・」
ふかああああい溜め息を吐き出すキャロット。あげく、ティラから「今日一日、寮から出たら半殺し」などと言われて、外に出られないので、更に落ち込んで行くのであろう。ティラのことだ、寮の入り口で見張っていかねない。
「・・・受け取らなければ、いいんじゃない?」
「ばっか。ショコラのだぞ。受け取らなかったら半殺しじゃん」
「結局、どう転んでも半殺しなんだね」
くすくすと楽しそうにマロンが笑う。キャロットがむっとした。
「笑い事じゃねーよ!」
「ごめん」
それでも面白そうな弟に、キャロットもやれやれと苦笑した。
「明日から、僕と兄さんとティラは、禁呪の調査で出掛けるでしょう」
「ん?あ、ああ」
「今回は2、3箇月出掛ける予定だし、今日一日逃げ切れば、ショコラもあきらめるんじゃない?」
マロンの提案に、キャロットはぽっかり口を開けてしまう。そうか、その手があった!
「でもよ、俺、寮から出られないんだぞ。どうやって逃げるよ?」
「簡単じゃない。変装して、こっそり出ればいいんだよ。それならティラもわからないでしょう?」
「なるほどぉ!さすが俺様の弟、頭いいぜ!」
急に立ち直り出す兄に、マロンが微笑んだ。
「じゃあ、変装する服とかを借りてきてあげるよ」
「さんきゅー、マロン!」
いつになく協力的な弟の行動になんら疑問を抱かぬまま、キャロットはご機嫌で残っていた紅茶を飲み干した。
さて。ややあって、マロンは荷物を抱えて戻ってきた。そのまま、兄を寝室にひっぱりこんで、着替えをさせる。・・・が。
「マロン・・・これは何の冗談だ」
思わず茫然と、キャロットが聞いてくる。なにしろ、その時キャロットが着ていたのは、フリルひらひら、レースばっちりの、ピンクハウスか不思議の国のアリスかっていう、すんげえワンピースだったのだ。ちょっと膨らんだスカートがかわいい。それに、リボンのワンポイントがくっついてる靴下、赤い靴。
「心配したけどサイズばっちりだね。兄さん、もう少し筋肉つけたほうがいいよ」
「どっかの筋肉大魔神みてえなこと、いってんじゃねえよ!なんで俺様がこんな格好・・・」
「でも、ほら。ティラを完璧に騙さないと、外に出られないよ?」
「うっ・・・」
出られなかった場合の運命を思って、キャロットが言葉に詰まる。にこにこと微笑んだ弟は、さっさと支度を続行させた。ブラウンのウィッグをかぶせて、それからやはり借りてきた化粧道具で化粧も始める。普段手入れしない眉毛を整え、ファンデーションやらアイシャドウやらルージュやら・・・。十数分後、そこには立派な少女が出現したのであった。
「かわいいよ、兄さん」
顔の間近で微笑まれ、思わずキャロットは真っ赤になった。真っ赤になってから、「弟相手になんで赤くなってんだーーー」と苦悩してしまう。
とはいえ、鏡に映る顔は、どう見ても少女だった。それなりに、かわいいとさえ思う。自分じゃなければお茶に誘うんだけどなぁ、などとキャロットがぼけた事を考えていると、マロンが台所からなにやら箱を持ってくる。
「何、それ?」
「チョコレートケーキ。今日、作ってみたんだよ」
「え?お前作ったの?なんだよ、お兄ちゃんに食わせろっ」
弟の腕前を知っているキャロットがそう言うと、マロンがくすくすと笑う。
「兄さんの分は、ちゃんともう一つ作ってあるよ」
「んじゃ、これは?」
「みんなで食べようと思ってたんだけど、ちょっとした実験に使おうと思って」
「実験?」
「これ、リボンかけてあげるから、兄さんがガトーの所に持っていってよ」
「俺が?あの筋肉馬鹿の所に?」
思わず尋ね返すと、マロンは悪戯っぽく片目をつぶってくすくす笑いながら、人差し指で「内緒」の仕草をする。
「あくまで、僕がこれを作ったとか、持ってきたのが実は兄さんだとか、内緒でね」
「・・・なるほど」
女の子のふりをして、ガトーをからかおうと思っているらしい。
「お前、昨日ガトーに筋肉体操見せられたの、根に持ってるだろ」
「別に?」
くすくすと笑う弟は、何だかとても楽しそう。キャロットも面白くなってきた。
「んじゃ、行ってくらぁ」
マロンが箱にリボンをかけるのを待って、キャロットはガトーの部屋を訪ねて行った。なんだかんだいいつつ、マロンの言う通りに行ってしまうあたり、キャロットものりがいい。
こんこん、とひかえめなノックをして、キャロットはおとなしくドアが開くのを待った。いつもならノックなんぞせずに、ずかずか上がり込む勝手知ったる他人の部屋なのだが、今日ばかりはそれはできない。なにしろ、今日は自分はかわいい女の子。ガトーのことを好きだという(それも変わり者だと思うが)そういう設定の女の子なのである。バレンタインに勇気を振り絞って告白に来たはずの女の子が、いきなりずかずか入っていっちゃまずかろう。
「うぁい?」
野太い返事をしながら、ガトーがドアを開ける。が、廊下に立っていたのが見知らぬ少女だったので、ちょっと戸惑った顔をした。
「あ・・・どちらさん?マロンの部屋なら三つ先だぜ」
「あの・・・ガトー・モカさんですよね?」
精一杯、声色を使って話し掛ける。大丈夫、ばれてない。
「あの、あの・・・私・・・」
自分でも演技過剰だと思う。内股でもじもじしつつ、思いっきりぶりっこぶって、キャロットはガトーにケーキを差し出した。
「これ、チョコレートケーキです。一笑懸命作りましたっ・・・あの、食べてくださいっ」
俯き加減のまま手渡して、そっとガトーの表情を伺う。当の筋肉男は、なんだか照れまくった顔をして、「まいったな」とかなんとか言いつつ、後ろ頭を掻いたりしている。ばれてない!思わずキャロットが、笑いを堪える。照れてるガトーが、なんだかかわいい(気の毒とも言う)。
「あの・・・ずっと好きだったんですっ、今晩裏庭で待ってますからっ」
そう言い残して、さっさと逃げるキャロット。おかしくて、笑い出しそうだ。廊下を走って、角を曲がる。こそっとガトーを伺うと、なんだかぼーっとしていた。・・・大成功である。
「兄さん、結構演技もうまいじゃない」
見ていたマロンが、くすくす笑いながら声をかけてくる。キャロットも、声を殺して笑っていた。
「あー、面白かった。さて、外に遊びに行くかぁ」
言いながら、キャロットがマロンの腕に腕を絡めた。マロンがちょっと、戸惑った顔をする。
「兄さん?」
「どうせ、この格好じゃナンパもできねえし、街はカップルだらけだしさ。どうせだから、遊びにいこうぜ、マロン?それとも、俺のデートのお誘いはイヤか?」
「・・・とんでもない」
マロンが、今度は嬉しそうに微笑む。キャロットもなんだか嬉しくなって笑った。いつでもそうだ。弟が嬉しそうだと、自分も嬉しい。
「さっ。いこいこ♪」
そうして、腕を組んで寮を出る。入り口でキャロットがナンパに出ていかないようにと見張っていたティラが、あれはいったい誰かしらと、首を捻っていた。
デートなら、男が女の子に奢るものだ。・・・という兄の主張のもと、喫茶店やらレストランやらいろいろ奢らせられても、今日のマロンは始終ご機嫌である。そりゃそうだろう、大好きな兄さんとデート。しかも兄さんから誘ってもらえたなんて・・・もう死んでもいい(?)。
格好が格好なので、かわいいキャロットは時々街をうろつく男にナンパされていたが、笑顔を崩さないマロンに、お札で吹っ飛ばされるのだった。・・・怖い。なまじっか、怒りの表情で吹っ飛ばされるよりずっと怖い。
「手加減してやれよぉ」
原因の追及をしないまま、のんびりと弟に忠告するキャロットであった。
「どこに行くの?」
ひとしきり食べ歩いた後。次はどこへ行くのかと尋ねるマロンに、キャロットはちょっと考えて、帝都を見下ろす高台の公園へ行こうとマロンを誘った。その公園からは、帝都を二つに分断する大河と、その向こうの海まで見えるので、キャロットのお気に入りの場所の一つだ。ちょくちょく、ナンパを失敗した心を慰めに一人で来るのだが、誰かを誘った記憶はない。
「今頃の時間が奇麗なんだ」
兄の言葉通り、夕暮れの景色がひどく美しかった。マロンがしばし、その景色を眺めて溜め息を吐き出す。・・・俗物の固まりのように普段言われている兄の、別の顔がちょっと見える気がする。キャロットは意外にロマンチストなのだ。照れ屋だからわざとおどけて、その顔を隠してしまうけれど・・・。
「奇麗だろ?」
海を臨む場所に作られているテラス上の手摺りに腰をかけて、なんだか自慢そうにキャロットが言う。マロンがゆっくり頷いた。座っているキャロットの方が、マロンを見下ろす構図になる。
「なんだか懐かしいな・・・」
「何?」
「こうしてお前を見下ろすの、久し振りじゃん」
「・・・そうだね」
くすり、とマロンが笑う。そう言われれば、マロンが兄を見あげるのも久し振りだった。
「・・・マロン」
「何?」
「チョコレート、食うか?」
いきなり、キャロットがチョコレートの入った箱を開いて差し出した。さっき、街をうろついている時に買ったものだった。トリュフが8個、入っている。
「半分こな」
手摺りに箱を置いて、一つ口に放り込む。マロンも一つ、口に入れた。・・・ちょっと、ビターな味のチョコレート。ふと、これって兄さんからチョコレートをバレンタインに貰った、ってことになるのかな・・・?!と思い当たって、マロンがちょっと鼓動が跳ね上がるのを感じる。偶然だし、こじつけだけど、なんだか嬉しい。
「マロン、何真っ赤になって・・・あ、あー!」
「?!」
「それ、俺の分!」
いきなり何を、と思うマロンに、キャロットが両手を伸ばし、マロンの顔を包んで自分のほうを向かせた、と思った瞬間。いきなりキャロットが、唇を重ねて来たのだっ!
「ん?!んんーーーー?!」
思わず茫然として、されるままになってしまうマロン。ややあって唇を解放したキャロットは、嬉しそうに笑った。
「へへーん、取りぃ♪」
「へ・・・?」
嬉しそうに笑って、ぺろっと出したキャロットの舌の上に、キスの直前にマロンが口に放り込んだ、ホワイトチョコレートのトリュフが。
「駄目じゃん、半分だっていったろ?白いの、二つしか入ってないんだからよう」
「・・・」
つまり、そういうことか。マロンがまだ真っ赤なまま、思わず口走る。
「ひ、人の口の中から取り返さないでよ!」
「だって、二つしかないんだぞ!それ、お前二つともくっちまうんだもん!」
意地汚いというか何というか。姉妹がここにいたら、しばき倒されている所だ。マロンがやれやれと苦笑した。まったく、子供みたいなところもあるんだから。
「・・・甘い?」
「うん、甘い♪」
チョコレート入りの、甘いキス。なんだかんだいいつつ、ちょっと嬉しいマロンだ。でも、奇麗な景色が闇に沈まないうちに、もう一度。
嬉しそうに海を見ているキャロットの、腕をつかんで引き寄せて・・・お返しの、くちづけ。
「んっ・・・?」
びっくりしているキャロットを、逃がさないように。海に沈んでいく夕日が、最後の光を投げてしまうまで。
「甘い?」
唇が離れた後、マロンがもう一度聞く。ちょっとぼーっとしてしまったキャロットが、聞こえないくらいの声で、「マロンのが、甘い・・・」と、つぶやいた。
さて。真夜中過ぎにこっそり帰ってきた二人は、ショコラが諦めて部屋に戻っているのを確かめてから、寝る準備をした。もう、チョコレートの恐怖は考えなくてもいいだろう。昼間、あちこち動き回って疲れたのか、キャロットが先に眠ってしまう。月明かりの入り込む窓のカーテンを閉めながら、マロンが微笑んでキャロットの寝顔を眺める。楽しい一日だった、思いがけなく。・・・最後には嬉しいこともあったし。・・・まだ感触を覚えている唇に、そっと指で触れてマロンがくすくすと笑う。今夜は、幸せな夢が見れそうだった。
さて。にんじん企画のマロンが、こんなに幸せなまま終わって良いのだろうか。彼は不幸の星を背負っているのではないのか(笑)
まぁとりあえず、今回は彼の代わりに不幸になった人がいるようなので、よしとしよう。え?不幸になった人は誰かって?真夜中まで、庭で人を待っている人がいるじゃないか(笑)
「へくしっ!」
ガトーが裏庭で、くしゃみをしている。・・・気付けよ、いい加減・・・。結局その後、ガトーは朝まで待っていた、らしい。馬鹿である(笑)まぁ、マロンちゃん特製チョコレートケーキが食べられたからいいか?
こうしてキャロット達の、バレンタインは終わったのであった。・・・バレンタインのキスは、チョコレートの味がするらしい。
<END>
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