ノエル


台所はいい匂いと、忙しげな音で満たされていた。髪を邪魔にならないように、1本のみつ編みにしたマロンが、一人忙しく飛び回っている。今日は12月25日・・・パーティーの約束時間まではあとわずかだ。
「うん」
スープの味見をして、マロンはちょっと嬉しそうに微笑んだ。火をとろ火にして、鍋に蓋をする。直後、オーブンの中身を確かめて、一人頷きつつ、テーブルの上に乗せてあるケーキのデコレーションを始める。すでにオードブルは出来上がっているし、時間までには間に合うだろう。
「部屋の飾り付けおわったぞ」
そう言いながら、台所に入ってきたのはガトーだ。生クリームを絞り出していたマロンが、手を止めて顔を上げる。
「じゃあ、そこの大皿運んで欲しいんだけど」
「おう」
「兄さんは?」
「さあな・・・朝から見ないぞ。大方、街にナンパでもしに行ってんだろ」
ガトーがポテトを一つ、口に放り込みながら答えると、マロンは小さく溜め息を吐く。
クリスマスなのだから・・・とキャロットは毎年、いつもよりはりきってナンパに出かける。・・・・が、上手く行った事は一度もなかった。それでも懲りないのである・・・。
「なあに、そのうちティラとショコラに引きずられて帰ってくるさ」
「・・・・・・そうだね」
マロンがその状況を想像して、くすっ、と笑った。
「マローン、イチゴ買ってきたわよー」
ぱたた・・・と羽根の音がして、ガトーと入れ違いにドーターが顔を出した。買い物の袋を提げている。
「ありがとう、ドーター。・・・・マム達は?」
「うん。なんかね、ミルフィーと倉庫の方に行ったけど。多分、隠し芸の小道具よ。あ、でも時間にはちゃんと集まるからね」
手際良くかって来たイチゴを洗いながら、ドーターが答える。
「おいマロン、酒あれで足りるのか?」
隣の部屋からガトーが戻ってきた。ガトーがあれで・・・というのは、ビール5ケース、ウィスキー10本、シャンパン20本、日本酒一升瓶10本、焼酎20本、ワイン20本、ウォッカ5本etc.なのであるが。
「大丈夫だと思うけど・・・・」
「ああ、あとでミルフィーが缶ビール5ケース届けるってー」
無邪気にドーターが返事をすると、マロンがちょっとうんざりした顔をする。マロンはまったく飲めないが、その代わりというように他の全員が大酒のみなのであった。
「ま、間に合わなかったら誰かが買いに行けばいいか」
更に恐ろしい台詞をガトーが呟いている。マロンは聞こえなかったふりをして、ケーキのデコレーションに専念した。
「これも運んでいいんでしょ?」
テーブルの大皿を、ドーターが持ち上げようとするのを、ガトーが制して取り上げる。
「俺が運んでやる」
確かにガトーに運ばせた方が簡単であろう。
「あー、やってるわねー、マロンちゃん」
次に顔を出したのはミルフィーであった。ドーターが行ったとおり、缶ビールの箱を運んできている。細身の彼のどこにそんな力があるのか、一度に5箱、軽々と運んでくる。
「ドーター、マムが呼んでたわよ」
「あ。はーい♪」
ぱたた・・・・と羽根の音を残して、ドーターが出て行くと、ミルフィーが箱を下ろした。
「何か、手伝う事ある?」
「いえ、もう終わりです」
マロンが微笑んで答える、ミルフィーが近づいてきて、今までマロンが作っていたケーキを覗き込む。
「奇麗ねー。さっすがマロンちゃん、料理の才能はアプリコット譲りね」
にこにことミルフィーが微笑む。
「これなら、立派なお嫁さんになれるわよー」
「えっ?!」
突拍子もない台詞に、マロンが驚いて聞き返した。男が、いったい誰のお嫁さんになれると言うのか。
「キャロのお嫁さんになるんでしょ?」
「な、な、な、なんでそうなるんですかっ?!」
マロンが一瞬にして真っ赤になる。普段のマロンからは考えられない狼狽ぶりだ。ミルフィーがくすくすと笑う。
「嘘♪冗談よお」
ぐっ、とマロンが言葉に詰まった。からかわれたらしい。どうもミルフィーは言動行動が読めない。
「ごめんね、変なこと言って」
「いえ・・・・」
「そーよねー。マロンちゃんはキャロをお嫁さんにしたいんだもんねー」
ガッシャーン!・・・派手な音を立てて、マロンが持っていたステンレスのボールが転がった。
「嘘、嘘、冗談だってばー♪マロンちゃんってば、可愛い♪」
「ミルフィー!」
真っ赤になっているマロンから逃げるように、ミルフィーも台所を出ていった。
一人取り残されたマロンが、ふーっ・・・・と深いため息を吐く。その後、マロンは何度かミルフィーの台詞を思い出しては、真っ赤になっていた。(なぜそうなのかは、皆さんの想像にお任せする)


「あらあら〜会場は〜、どこ〜ですか〜?」
人のリズムを根底から狂わせる、ものすごいのんびりした台詞が、廊下を歩くマムの背後からかけられた。気づいたマムと、一緒に荷物を運んでいたドーターが振り返る。そこに立っていたのはいや、立っているのではなく歩いているのはハズナイトの一人、シナモンコーチャである。
「あら、シナモン。今日は早く来たのですね」
「はい〜、ティラさんと〜、ショコラさんに〜、釘を〜刺され〜まして〜」
なにしろ行動が亀より遅いといわれているシナモンである。(一度亀と競争したら、ぶっちぎりで負けた、という伝説がある)ティラとショコラが、招待状を持って行った時にかなり念を押したらしい。戦いの時には光速に動けるのに、なんでまた(もっとも、そのせいで常人とは時間の流れが違うと言う説もある)
「あらあら〜、待って〜ください〜」
「マムぅ、シナモンがどんどん遅れていきますけどぉ」
「しょうがないですねー、シナモンは」
ほほほ、とマムが笑う。普通に歩いて行くマム達から、シナモンはどんどん遅れて行くのであった。果たして、シナモンはこの話が続いている間に、会場にたどりつけるのか?


「お兄ちゃん、お星様が一つないわよ」
ツリーを見上げて、エクレアが指をさした。言われてガトーが見上げると、てっぺんに付けるべき星がない。
「おかしいな・もう箱の中には残ってないぞ」
ガトーがきょとんとした顔をする。飾り付けの箱の中はもう空っぽだった。去年、片付ける時になくしたのだろうか。
「どうするかな・・・・」
「じゃあ、あたし、作る!」
エクレアが楽しそうに宣言した。
「お前が?」
「うん!あのね、あたしこんな楽しい事初めてなの。だから、何でもやりたいの!」
「・・・・・そうか」
ちょっと、ガトーの瞳の色が沈む。ぽん、とエクレアの頭に大きな掌を乗せた。そのままくしゃくしゃとかき回す。
「んもうっ、お兄ちゃん!あたしの事子供扱いしてるわね?!」
「はは、すまん」
エクレアがぷう、と頬を膨らました。そういう所が子供っぽいのだが。
だがどちらにしても、二人は離れている時間が長すぎた。ガトーの中では、エクレアはまだ子供のままなのかもしれない。
「マロンが台所に居るから、材料もらうといい」
「うん!」
エクレアが駆け出して行く。その背中を見送りながら、ガトーが小さく微笑んだ。


さてその頃。いつにもましてにぎやかな街の中、毎年恒例のものが街を駆け抜けていた。
「おじょおさ〜ん!僕と一緒に、クリスマスケーキを食べないかいっ」
「へいっ、そこの彼女!”サンタのお兄さんが幸福をプレゼントしてあげるよっ♪」
「お姉さん!ベッドの中でシャンパンでもいかがですか!」
思い付く限りのナンパの台詞を喋っているのは、そう、キャロットである。道ゆく13才以上35歳未満の女性にはくまなく声をかけている。バイタリティ溢れると言うか・・・まめと言うか・・・懲りないと言うか・・・・要するにただの馬鹿かもしれないが。
さて、その成果はというと。
「オネーチャン!」
「きゃああああ!」
バシイッ!
「ねえっ!」
「いやあんっ!」
パシーッ!
「僕とっ」
「寄らないでーっ!」
バキイイッ!
「いいことしよう!」
「あっちいってーっ!」
ドカァッ!
・・・・と、たった数行の間に4人の女性に振られているキャロットであった。当然と言うべきか、朝からのナンパはことごとく失敗している。
「お嬢さーんっ!」
それでも懲りずに走って行くキャロットを、立ち話をしていた老人が3人、眺めている。
「今年もあれが来ましたなあ」
「近頃、あれが来ないとクリスマスという気になりませんねえ」
「そうですねえ」
・・・クリスマスの風物詩と化してしまっているようだ。
そんな老人の会話には気づかず、キャロットはナンパを続けている。その声をかけた女性の数が、99人までカウントされた時だ。聞きなれた声が、キャロットの耳に届いた。
「キャロっ!見つけましたわっ!」
「ダーリン!」
「げっ」
ぎくり、となったキャロが、慌てて走り出した。先程の三人の老人の前をもう一度駆け抜けて行く。そしてそれを追いかけて、ティラとショコラが走り抜けた。
三人の老人は、穏やかに微笑んで頷き会う・・・・。
「やっぱり、あれも来ましたなあ」
「あれが来ると、うちに帰らなきゃと思うんですよ」
「おや、もうそんな時間ですか・・・では、良いクリスマスを」
頷きあいながら老人達がその場を去りはじめると、もう日暮れが近い。特に今年は、曇り空なので、いちだんと暗くなるのが早いだろう。
さて、ティラとショコラから逃亡を図ったキャロットであるが、程なく何もない道の真ん中でこけるという大ボケをかましてしまい、あっさりと追いつかれた。
「っててててて・・・・」
地面と抱擁してしまったキャロットが、鼻の頭をさすっている。そんキャロットを囲むように、ティラとショコラが立ちはだかった。キャロットの顔に冷や汗が流れる。
「捕まえましたわよ、キャロ!」
「もう逃げられないわよ、ダーリン!」
二人とも微笑んでいるのだが、目だけが笑っていない。キャロットが脅えるのもわかる気がする。
「クリスマスくらい、おとなしく神聖な気持ちでいようと、思わないんですか、キャロ?!クリスマスは、特別な日なんですのよ?!」
本当は、キャロが自分以外の女の子を追いかけているのが許せないだけなのだが、ティラは思わずそんな風に説教を始めてしまう。
「特別な日だからこそ!恋人とすごしたいと思うのは当たり前だろ?!」
「そうよね、ダーリン♪クリスマスは恋人と過ごすものよ」
「何だ、わかってんじゃねえか、ショコラ!だったら話は早い!」
俺は恋人を探しに旅立つ!と宣言しようとしたキャロットだが、すかさずショコラに抱き着かれ、思わず硬直してしまった。
「そーよねっ♪ダーリンは、恋人であるあ・た・しとすごしたいのよね♪」
「ちょっと!止めなさいって!誰が恋人じゃ、ショコラ!」
キャロットがショコラを引き離そうとするのだが、ショコラはすでに妄想モードに突入している。
妄想の中で二人は、タキシードとドレスを着て、少女漫画も負けるであろうきらきらお目めさらさらヘアーに変身している。
「ロマンティックなレストラン・・・・夜景を見下ろしながら、食事をするの・・・ワインで乾杯・・・「今夜の君は、特に奇麗だね、ショコラ・・・・」なんてダーリンが・・・・なんちゃって♪やだあぁん♪」
呆然と見守るキャロットとティラの冷や汗を他所に、ショコラの妄想はどんどんエスカレート。行きつくところまで行くと、照れまくりながらキャロットを張り倒す。相変わらずである。
「お前らな!」
張り倒されたキャロットが、叫びながら顔を上げた。
「いいかげんにしろよ!俺はなあ!クリスマスのような特別な日だからこそ!奇麗なチャンネーと一緒に、一晩のめくるめくような愛を・・・」
そこまで喋って、キャロットはっとする。
「奇麗なチャンネー・・・?」
「一晩のめくるめく愛・・・?」
「あうあう・・・・」
余計な事は言わなければいいものを。二人が一斉に100トンハンマーを振り上げる。
「いいかげんに・・・」
「なさいまし!」
ものすごい勢いで、ハンマーが振られる。
「うっぎゃあああああああああああああああああ〜!」
ゴルフの要領である。凄まじい激突音とともに、哀れキャロットはお空の星に・・・。
しかし見送っていた姉妹は、キャロットが遠くの空にきらっと輝くのを見て、はっとした。
「まぁっ、どうしましょうお姉様!せっかく捕まえたんですのに、またどこかに飛んでしまいましたわ!」
「えっ、あらっ」
嫉妬に狂うと後先を考えないタイプである。顔を見合わせていると、背後からぱたぱたと音がした。
「あれっ、ティラ、ショコラ〜!何やってるの?」
ドーターだ。どこかで買い物をしてきたのか、白いビニール袋を下げている。
「もう時間だよぉ!みんな待ってるから、早く行こうよ、ティラ、ショコラ!」
「わかったわ!」
「お姉様、キャロはどうします?」
「どうせ、いつものように、ナンパに失敗して同じ時間に帰ってくるわよ」
「そ、そうですわね!」
キャロットがナンパをしているのは許せないくせに、成功するとはちっとも思っていない二人だった。





BACK HOME NEXT