夜の刹那


「・・・ここ、どこだっけ・・・?」 
夜中、目を覚ましたキャロットは頭を振った。きついアルコールの匂い・・・だが、それが自分のものか、隣でやっぱり寝こけているガトーのものなのか、それとも部屋全体がそうなのか、すでに判断がつかない。
 ぼーっとあたりを見回すと、かなりの数の酒瓶が転がっている。こんなに飲んだっけ、と考えるのだが、五本目あたりから記憶が無い。確か、五人で飲み始めて、全然飲めないマロンが草々に部屋に退散し、三本目あたりでティラとショコラが帰っていったような気がするのだが・・・。
「うー・・・」
脳みそが泥のように感じられる。もう一度頭を振って、ようやくここがガトーの部屋だったことを思い出した。
 ・・・大概、酒盛りをする時はガトーの部屋と決っていた。マロンが酒にはとことん弱く、匂いだけでも酔っぱらうので、兄弟の部屋は不可。気のおけない関係だからといって、女の子の部屋で酒盛りするのもちょっと具合が悪い。そろそろ寝たいと思っても、部屋で飲まれていては困るだろう。・・・で、ガトーの部屋に落ち着く訳だ。
「おい・・・風邪ひくぞ」
のろのろっ、と動いてガトーに声をかける。が、ガトーはすっかり寝こけていて、返事もしない。・・・朝までこの状態かもしれないが、まあ、ガトーなら大丈夫だろう・・・と、無理に起こすのをやめた。
「・・・・・・」
取り合えず、頭をはっきりさせたかった。・・・が、とっくにマロンは寝ている時間だ。部屋に帰ってシャワーなぞ使ったら、起こしてしまう。
「・・・別にいいか。ここで借りよっ」
寝こけているガトーの顔をしばし眺めて、キャロットは立ち上がった。・・・少し足元がふらふらする。あれだけ飲んでこの程度なのが、普通じゃないが・・・。
 ふらふら、と歩き出して、キャロットはいきなり派手にこけた。
「いててて・・・」
打った腰をさすりながら起き上がると、背後でガトーが起き上がった。さすがに、今の音で目が覚めたのだろう。
「・・・何やってんだ」
眠そうな声がする。
「・・・こけたんだよっ。・・・シャワー借りるぞ」
「・・・・・・」
ガトーは返事もしないで、再び横になってしまう。キャロットはまっすぐ歩けないので、半分はうようにして、シャワー室に移動した。
「やっぱ、飲みすぎかな〜」
 シャワーのコックをひねりながら、キャロットが呟く。気持ちが悪いとか、二日酔いの徴候は今のところないが、さすがにあの数の酒瓶を見るとそう思う。もうひと眠りしてからがちょっと怖い。
 身動きしないで、頭から熱いシャワーをかぶる。直接床に転がっていたせいか、少し体が冷えている。酒が入っていなければ風邪をひく時期だから、当然だろう。お湯の熱さが心地好かった。
 不意に、背後でドアの開く音がした。ぎくりとして、キャロットが振り向く。上半身だけ裸のガトーが立っていた。首にタオルを掛けている。
「いたのか」
「・・・って、さっき借りるって言っただろっ」
「覚えてねえ」
言いながらガトーが前髪をかき回す。
「・・・・・・」
キャロットは随分意識がはっきりしていたが、ガトーの方は起きたばかりらしく、まだ目が座っている。溜め息をついて、キャロットがシャワーのコックに手を伸ばした。
「今出るから、待ってろよっ」
その右手首を、不意に別の大きな手が掴む。
「なん・・・」
なんだよ、と言い掛けたキャロットの体が、ぐいっ、と引っ張られる。
「!」
急な事に、キャロットが足を滑らせるが、ひっくりかえることはなかった。その前に、壁に強く押し付けられたからだ。
「痛っ・・・」
体を打ち付けて、キャロットが顔をしかめる。
「なに、すんだっ!」
思わず叫ぶ。滴が落ちる前髪を、大きな手がかきあげた。
「・・・・・・?」
視界を回復し、キャロットが顔を上げる。・・・直ぐ目の前に、ガトーの顔があった。
「ガ・・・トー・・・?」
からかっている顔ではない。右腕は掴まれたまま、壁に押し付けられている。呆然としていると、不意にガトーが顔を近付けてきて、唇が、触れた。
「?!」
驚いたのはキャロットだ。自由なままの左手で、ガトーの肩を押し返す。
「なんなんだよっ! お前、まだ酔っぱらってるのかっ?!」
酔っぱらっているのはお互い様だが、それでもまだガトーよりは意識がはっきりしていると、キャロットは思っている。
「・・・・・・」
抵抗する左腕を、更に捕まえる。ガトーの大きな手にかかると、キャロットの手首はすっぽりおさまってまだ余る。
「・・・いいかげんに・・・」
しろ、と言葉にならないうちに、再び唇が重なる。嫌がって顔を背けると、ガトーが不意に両腕を放し、左腕でキャロットの腰を抱き、右手で顎をすくいあげた。
「い・・・」
嫌だ、がまた言葉にならない。顎を押さえ込まれいるので、顔を背けることもできない。自由がきくようになった両腕で、ガトーの体を引き離そうとするのだが、基礎体力が違いすぎ、抵抗が抵抗にならない。
 重なっていた唇がこじ開けられ、舌が侵入してくる。歯列を割られ、奥で縮こまっている舌を絡め取られた。キャロットの頬に、酒の酔いではない朱が浮かぶ。
「んっ・・・」
小さな声がこぼれた。・・・その他に聞こえるのは、出しっ放しのシャワーの音だけだ。すべての感覚が飛んでしまい、抱きしめてくる腕だけが熱い。
 やがて、唇が離れると、キャロットが大きく息をつく。足の力が抜けて、座り込んでしまいそうなのをガトーの腕が支えている。
「なん・・・こん・・・」
なんでこんな。正しく言葉にすればそんなところか。
 ガトーの大きな掌が、キャロットの頬を撫で、唇が頬に、領に、首筋に軽く触れ、右の耳を軽く噛む。瞬間、震えが全身を駆け抜け、キャロットが眉を寄せた。
「や・・・やめろ・・・っ・・・ガトー!」
首筋をなぞる舌の動きに震えながら、キャロットが大声を出した。拳を握り、ガトーの背中を叩く。ガトーがその両腕をうるさそうに捕まえ、ひとまとめにして片腕でキャロットの頭上の壁に押し付ける。
 ぐい、と顎をすくわれ、キャロットが半分脅えたような表情をする。
「な・・・何考えてんだよ、お前! いいかげん目ぇ覚ませよ!」
酔っぱらって、誰かと間違えているのかもしれないと思った。あるいは冗談か・・・。
「ガトー!」
「うるせえな」
少し不機嫌な表情をして、ガトーが一言返した。
「黙ってられねえのか?」
「黙ってられるか?!」
言いつのる唇を、ガトーの掌が塞ぐ。そうして黙らせておいて、右耳にささやきつつ舌をはわせる。
「こういう時ぐらい・・・、おとなしくしてろ」
どういう時だっ、とキャロットが心の中で抗議するが、ともすればその思考も流されそうになる。口を塞いでいた掌が外され、その一瞬後に唇を攫われる。自由になった右手が、首筋、胸、腰・・・と撫でながら降りていく。
「ん・・・んん・・・っ」
キャロットが呻いて、体をよじって逃げようとする。その両足の間に、ガトーが片足を入れて壁に膝を付ける。またがなければ逃げられない。両腕を押さえ込まれている状態で、それは不可能だ。
 ガトーの手が、腰のあたりを撫でながら、更に下へと降りてくる。ゆっくりと体のラインを確かめながら滑り、一度太腿まで降りてから、逆に上に登る。
「・・・・・・!」
目を見開いたまま、深いくちづけを施されているキャロットの思考は、パニック寸前だった。・・・ガトーが冗談でからかっているのなら、蹴飛ばしでもすれば終わりだ。・・・笑い話になるだろう。だが、・・・本気なら? 本気だとしたら、どう対処したらいい? ・・・そんな事態は、今まで考えたこともないのだ。
 ようやく唇が離れ、キャロットが荒い息を吐き出しつつ、肩を上下させる。
「なん・・・で・・・」
荒い息の合間に、そんな言葉がはさまった。涙ぐみながら顔を上げると、自分をじっと見ているガトーと視線が合う。
「・・・わからん」
ガトーの答えも途惑いがちだ。
 愛ではない。恋・・・でもない。わかっているのは、はっきりしているのはそれだけ。・・・では、何か?愛でも恋でもないのなら。
「・・・欲・・・か」
「・・・あっ!」
ガトーの呟きに重なるように、キャロットが息を飲む。ガトーの指が、キャロットの華芯に触れたのだ。そのまま、ゆっくりと愛おしげに愛撫を始める。
「馬鹿・・・! やめろって言って・・・!」
真っ赤になってキャロットが叫ぶ。
「いいから」
「何・・・」
「いいから・・・、黙っていろ・・・」
何度目かのくちづけ・・・愛撫する手とキャロットの両腕を押さえ込んでいる手に、僅かな力がこもる。やがて少しずつ、施される愛撫にキャロットが反応し始めた。
「・・・あっ・・・」
ゆっくりと、キャロットの反応を確かめながら、ガトーが愛撫を続ける。キャロットが息を飲む所、体に震えを走らせる所、鋭い刺激に耐えられず、唇が喘ぎを吐き出す所・・・。
「あ・・・ああっ」
「・・・気持ちいいか?」
不意に、ガトーが耳にささやく。くっ・・・と指に力を込めると、キャロットがびくっ、と体を痙攣させた。ガトーの唇に、微かな笑みが浮かぶ。
 意地の悪い考えかもしれない。キャロットが抵抗できずに、自分の手で震え喘いでいるという事実が、妙に気分が良い。・・・もっと反応させてみたくなる。
「そういう顔してると・・・、可愛いぜ・・・?」
耳元でささやく。熱い吐息がかかり、キャロットが身をすくませる。
「馬鹿・・・何言って・・・あ・・・はっ・・・!」
「体は正直だな?」
「ふざけんな・・・あっ」
目尻に溜まってくる涙を、舌で舐め取る。しょっぱい味がした。
 完全にキャロットは、ガトーの指先一つに翻弄されている。体の感覚が制御できなくなり、抵抗の声も小さくなってしまう。
「感度がいいな」
嬲りがいがある、とでも言いたげな声だった。流されそうな意識を必死に引き戻し、キャロットが口を開く。
「・・・っ! や・・・やめてくれ・・・頼むからっ・・・!」
 急に、ガトーの愛撫の手が止まった。息を弾ませながら、驚いたような表情でキャロットがガトーを見上げる。数秒、そのまま互いの表情を見ていた。
「・・・やめて欲しいのか?」
意外な問い・・・あれだけ好き勝手に人を翻弄していた人間が。・・・だが、キャロットの口からは答えが出ない。きゅっ・・・とやや強く華芯を握り込まれ、悲鳴のような喘ぎをあげて、体を痙攣させる。
「・・・わかってるだろ? もう後戻りは無理だ・・・俺も・・・お前も」
首筋に唇を滑らせながら、ガトーがささやく。・・・遠いところで聞こえてくるように、キャロットには感じられる。
「い・・・やだ・・・こんなの・・・」
答える自分の声も遠い。
「・・・言葉が必要だってんなら、くれてやる」
唇を、重ねる寸前のささやき・・・。
「今この瞬間だけは、お前が世界で一番好きだぜ・・・?」
『永遠に愛している』ではありえない、夜の刹那だけの誓い。この瞬間だけの真実の声・・・だが。唇が離れると、キャロットが首を、子供がいやいやをするように、何度か振る。
「う・・・そだ、そんなの・・・」
苛められているような、そんな気分がキャロットにはあった。両腕を押さえ付けられ、拒絶を無視して嬲られ、それで信じろと言われても無理がある。第一、刹那だけの愛情など、存在するだろうか? 一瞬不機嫌な表情をして、ガトーが指に力を込めた。
「ふん・・・だったら」
「あっ・・・! やめ・・・っ!」
急に愛撫が激しくなって、キャロットが身悶えた。領にくちづけながら、ガトーが更にささやく。
「だったら・・・、躰で確かめろ」
「ああうっ・・・!」
さっきまでゆっくりと確かめていたポイントを、的確に緩急と強弱を付けながら愛撫していく。シャワーの音がなかったら、先走りの愛液で潤んだ華芯が、ガトーの指に湿った音をたてるのが聞こえたかもしれない。
「や・・・だ・・・やだっ・・・やだぁ・・・!!」
何も考えられなくなって、そう叫ぶので精一杯だった。つまさきから髪の毛の先まで、甘い電流のようなしびれと震えと快感が駆け抜けて、意識が白濁していく。
 叫ぶ唇を、ガトーの唇が塞いだ。・・・その瞬間、キャロットは一気に頂点に達していた。
「んーっ・・・!!」
がくがく、と躰が痙攣する。涙が溢れてこぼれ落ちた。ゆっくりとガトーが唇を放すと、がくっ、とキャロットが首を垂れた。
 激しい息、心臓の鼓動・・・。恥ずかしいのか、口惜しいのか、判断もつかない。 キャロットの両腕が放された。強く押さえ付けられていた場所が、赤くなっている。両足の力が完全に抜けているキャロットが、ずるずると座り込みかけるのを、ガトーが支える。力の抜けた両腕を、自分の首に回させて、ガトーがキャロットの躰を少し持ち上げ、壁に押し付ける。
「んっ・・・」
半分気を失っていたキャロットが、気付いて目を開けた。
「つかまってろ」
ガトーが言う。その声が聞こえてはいるのだが、快感の余韻に恍惚となっているキャロットの中で、意味のある言葉にならない。
 だが、再び愛撫が施されるのを感じて、急に意識が戻ってくる。
「・・・!」
背後、双丘を分けて進んだガトーの手が、隠された莟に触れる。
「やっ・・・」
逃げ掛かるのだが、片腕でガトーが腰を抱いている。細身のキャロットの腰は、ガトーの腕にすっぽりと収まってしまい、動くことが出来ない。
 ぬるっ、とした感触がある。それが先ほど、ガトーの手に奪われた自分の蜜だと気がつく前に、硬い莟の周囲を揉み解したガトーの指が、中へ侵入しようとする。
「あ、んっ・・・」
蜜を潤滑油にして、指がゆっくりと体内へ侵入していく。異和感が強く、キャロットはぎゅっと目をつぶってその感触に耐えた。 だがその異和感も、指が内壁を揉み解し、刺激していくに従って徐々に快感に刷り替わる。息が段々と乱れてくるのを、ガトーが気付く。瞬間、ぐっ! と指に力が入り、キャロットがびくん、と躰を震わせた。
「・・・そろそろ、いいな」
腰を抱えていた腕が離れ、キャロットは再び壁に押し付けられる。そうしておいて、ガトーがキャロットの左脚を抱え上げた。
「!」
ジッパーの開閉する音が聞こえて、キャロットははっとした。閉じていた目を見開くと、ガトーが唇を重ねてくる。一瞬後に離れると、耳元でささやいた。
「力、抜け・・・苦しいぞ」
「なん・・・」
なんで、と聞きかけて、キャロットの声が止まった。莟を愛撫していた指が離れ、ほっとした瞬間、別の異和感にキャロットが息を飲んだ。 入り込んでくる感触、だが指とは太さが比べ物にならない。強烈な圧迫感と共に、引き裂かれるような激痛が襲い掛かってきて、キャロットが無意識に悲鳴をあげていた。 さっきとは逆の腕が、キャロットの腰をしっかりと抱き、暴れる躰を押さえ付ける。唇は何度も重ねられた・・・悲鳴を吸い上げるように。その間にも、ガトーはゆっくりと自分の躰を進めていく。あくまでゆっくりと・・・性急な動きは、キャロットの躰を壊す。本来受け入れるための場所ではないのだ。
 キャロットがガトーの首に回していた腕に、強く力をこめてすがりつく・・・そうしていなければ気を失いそうだった。力を抜けと言われても、出来るものではない。
 やがて体内深くに身を沈めると、ガトーは動きを止めた。激痛が一瞬和らぎ、キャロットが息を吐いて脱力したようになる。
「大丈夫か」
ガトーのそんな声が聞こえても、キャロットは返事も出来ない。ただ荒い息使いだけがそれに答える。 腰を抱いている腕が離れた。だが、倒れ込まないようにしっかりと壁に背中を押し付けられる。そうして自由になったガトーの手が、キャロットの華芯に再び愛撫を施した。
「はっ・・・ああっ」
与えられた痛みに萎縮しているとはいえ、まだ快感の余韻は残っているはずだった。それを引き出してやれば、その分痛みは緩和されるだろう。自らの性急な欲望・・・このまま力まかせに抱いてしまいたい衝動・・・を押さえ付け、ガトーはキャロットの躰に愛撫を施すことに専念する。
「や・・・だ苦しい・・・あ・・・んんっ・・・」
 体内の圧迫感が、呼吸まで疎外しているようでキャロットは苦しかった。だが、ガトーの指の動きが、少しづつ先ほどまで全身を支配していた快楽を呼び戻している。確かに苦しい、痛い・・・しかし徐徐に、それらは快感に食いつくされる。
 やがて華芯が、再び潤みを取り戻す。その頃には、莟の方も圧迫感と痛みに馴らされている。
「つかまっていろ」
「・・・ふっ・・・う・・・あっ」
ゆっくりと、キャロットの体内でガトーの剣が動き始める。ガトーの首に回されているキャロットの腕に、震えが走った。
「あ・・・ああっ・・・」
完全に動きに翻弄され、我を失っているキャロットに比べ、ガトーは冷静にキャロットを観察している風だった。ゆっくり、少しづつキャロットの体内・・・柔らかな内壁を剣で確かめる。
「んくっ・・・!!」
一瞬、キャロットの躰に強い痙攣が走る。それを確認したガトーの唇に、小さな笑みが浮かんだ。この場所さえ確かめれば、手による愛撫はもうほとんど必要ない。
「あ・・・あああっ・・・!!」
一番敏感な場所を強く刺激され、キャロットが高く喘いでのけぞった。繰り返される挿出に、意識が白くなっていく。
「ガトー・・・あ、んっ・・・ガ・・・トー・・・」
切れ切れに、無意識の領域からガトーの名を呼びながら、キャロットがガトーにすがりつく。名前を呼ばれる度に、ガトーがキャロットの唇を攫った。 そうして、躰全部を揺すられながら・・・何度もくちづけを交わして・・・、一際高い悲鳴を上げた瞬間、キャロットは再び真っ白な高みを迎えた。手を触れることなく訪れたその瞬間は、一瞬では終わらず、長く余韻を引く。快楽の波に攫われたその刹那、ガトーが体内で剣の熱を開放するのを感じて、キャロットが息を飲む。
 ほとんど意識を失っているキャロットに、ガトーが耳元でささやく・・・。
「この夜の間だけは・・・、世界で誰よりも愛してるぜ・・・?」
 そして最後の吐息で、キャロットが呟く。
「嘘だ・・・」
愛などない。恋でも・・・ない。だから、嘘だとキャロットは言う。 しかしだからこそ、実は本当なのかもしれない。

快楽の波が去ると共に、キャロットは意識を回復した。急速にシャワーの音が戻ってくる。ずっと出しっぱなしだったのに・・・忘れいていた音だ。 ガトーの腕から開放されて、キャロットは床に座り込んでいる。ガトーがバスタオルをぽん、と投げてよこした。
「立てるか?」
ガトーの問いに、キャロットが首を振る。
「腰が立たねえ」
すねたような声で、そっぽをむきながら答えるキャロットに、ガトーがくすっ、と笑う。次の瞬間、いきなりキャロットを抱き上げる。
「なにすんだっ!」
「立てないんだろ? ベッドまで運んでやる」
意地の悪い微笑みだ。キャロットがむっとして、なんとかガトーを慌てさせてやろうと、言葉を探す。
「どーすんだよ、部屋帰れないじゃんかっ。お前のせいだぞ、なんとかしろっ」
「動けるまで寝てればいいだろ? どうせ休みなんだから」
「マロンに何て言うんだよっ」
『マロン』の言葉は、少なからず効果があったのか、ガトーは一瞬困ったような顔をする。
「マロンか・・・なんて言おう・・・?」
「俺が聞いてんだよっ」
まさか『いただきました』とも言えない。互いに想像して、『そんな恐ろしいことが出来るか』という暗黙の了解をする。・・・もちろん、ティラやショコラにばれるのはさらに恐ろしい。
「そうだな・・・酒瓶踏んで、足を挫いたことにでもしておくか。・・・怪我人はおとなしくしてろよ?」
「・・・ガトーがキズモノにしたくせに・・・」
「うっ・・・」
ガトーは思わず絶句した。
 ベッドに降ろしてもらって、キャロットは服を取ってくれるように頼んだ。
「本当に立てないんだな?」
「そうだって言ってるだろ?」
「・・・じゃあ、逃げられないって訳だ」
「はあっ?!」
ぐいっ、と躰を押され、キャロットはベッドに倒れ込む。
「どうせだから、もう一回戦といこうぜ」
「なっ……なにーっ ?!ふざけんなこの、体力馬鹿!」
じたばたと抵抗する躰を押さえ込んで、ガトーが唇を重ねてくる。キャロットは諦めたような表情をして、やがて瞼を閉じた。


「お前って・・・本当に・・・体力馬鹿・・・」
「そうか?」
ぐったりとシーツにくるまっているキャロットが、とぎれとぎれにつぶやく。その側らに座っているガトーの方は、平気な顔で煙草をくわえている。キャロットが枕を投げ付けた。
「そーだよ! 調子にのって、ムリヤリ五回もっ! 夜が明けてるじゃねーか!」
ぎゃあぎゃあと抗議するキャロットの顔に、ガトーが枕をぽん、と押し付ける。
「ふぎゃ」
「黙って寝てろ」
言われなくても限界だよ・・・、とキャロットが溜め息を吐き出した。枕を抱えるようにして、躰を縮めると、すぐにうとうとし始める。その子供のような顔に、ガトーがくすっ、と笑った。そっと手を伸ばし、前髪を撫で付けてやる。ゆっくりと顔を近付け、半開きの唇にくちづけようとした瞬間・・・、隣の部屋でドアがノックの音を響かせた。
「ガトー? 起きてる?」
マロンの声だ、と判断する前に、ガトーが物凄い素早さで立ち上がる。シーツ一枚だけにくるまっているキャロットに、さらに毛布をかぶせ、それと同時に隣の部屋のドアが開く。何食わぬ顔をして、ガトーは寝室を出た。気付いたマロンが、笑顔で話しかけてくる。
「お早よう・・・兄さん、まだここにいる?」
「は、早いなっ、マロン。キャロットなら、今、隣で寝てるぜ」
自分でも少し慌てているとガトーは思う。第一、ガトーのベッドで寝ていること自体、すでに変なのだ。(夕べ酒盛りしていた部屋には、一応ソファーだってあるのだから)
「ガトーの? ベッドで?」
案の定、マロンが不思議な顔をしている。
「酔っぱらって自分の部屋と間違えたんだろ。俺はこっちで寝てたから・・・。二日酔い状態だから、しばらくそのまま寝かせとくんだな」
今、ガトーが瞬間的に考えた言い訳を、マロンは少し首を傾げて聞く。ばれたかっ・・・ とガトーが内心冷汗をかいていると、小さく笑って礼を述べ、そのまま出ていった。ガトーがほっ、と安堵の溜め息をつく。
 一方・・・。隣の部屋のベッドの中で、二人のやりとりを聞いていたキャロットは、半分寝ぼけた目をして、『やっぱ、嘘つき……』と呟いた。


<END >




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