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「おっじょおさーん! 僕とデートしませんかあっ♪」
賑やかな街の大通り。あいもかわらず脳天気な声が響き渡っている。間髪入れずに女性の悲鳴と、バチーン! という頬をはる音が聞こえてくるのだが、それで声が止むことはない。……そう、キャロットがライフワークの『成功しないナンパ』にいそしんでいるのであった。
その声を聞き付け、憤慨した者が二人、溜め息をついたのが二人。キャロットに後れること一時間で、街についたばかりのティラ、ショコラ、マロン、ガトーである。
「どこにいるかは、いっぺんでわかるのよねっ……ダーリン!」
唇だけの冷たい微笑みを浮かべて、ショコラが呟いた。ティラが無言で、同じような微笑みを浮かべる。……何を考えているのか、だいたい想像できる。二人はどちらからともなく頷き会うと、キャロットの声目掛けて走り出した。
「やーれやれ……凝りねえ奴らだな」
呆れたようにガトーが肩をすくめる。マロンはかすかな微笑みを浮かべただけだった。
「そのうち、ちゃんと三人とも戻ってくるよ」
「キャロットは引きずられて、だろう」
「それよりも、今晩休むところを探そう……」
「ああ」
言うなり、マロンはすたすたと歩き始める。ガトーもその後に続いた。
五人が訪れているのは、レイステイという名前の街である。街の規模としては中くらいであろう。産業もそこそこ、農業もそこそこ、住んでいる人々の生活レベルもそこそこ……という、ごく普通のありふれた街だ。
この街もごたぶんにもれず、法族の支配下にはあるのだが、現在このあたりを治めている法族は、怠惰であるが非道ではない人物なので、街は一応の平和が保たれている。法族狩りへの依頼もない。
それでもキャロット達がこの街を訪れたのは、法族狩りとしてのもう一つの仕事である『禁呪の消去』が目的であった。
「あれが例の『時計塔』か」
ガトーが街の外れにそびえる塔を眺めて呟いた。
「そう。あれが『レイステイの大時計塔』」
「ほんっとーにでかいな! 近くで見るとますます……」
二人の視線の先には、天を突くかと思われるほどの塔がそびえている。石造りのその塔には、東の方向を向いてやはり巨大な時計が掲げられ、時を刻んでいる。
この時計塔には、最近嫌な噂が流れていた。『霧の夜、時計塔の鐘が十三時を打つと、誰かが消える』。 実際に時計が十三時を告げることはない。十二時の次は鐘の数は一つに戻るのだ。それが、十三時を告げることがあるという。 もっとも、噂は噂でそれ以上のものではないし、今回の仕事の場所が時計塔ではあるものの、関係は薄いように思われた。
時計塔に存在する禁呪は『時止めの魔法』。特定の人物の時を止める魔法で、不老不死の秘術とも言える。この術には、代償として何人かの人間の生命が必要となる。だが扱いが非常に難しく、失敗がほとんどだったため、魔法書は封印された。……ちなみに、成功したのは魔法を造り出した本人のみで、彼は今現在行方不明である。魔法書を封印したのも彼で、帝国は『時止めの魔法』を禁呪に指定したものの、長い間その存在は謎だった。
魔法書が封印された場所が、このレイステイの大時計塔と知れたのはごく最近である。時計塔もまた、『時止めの魔法』を使うための魔法建築物なのだった。幸い、まだ魔法書の封印が解かれた気配はない。ビッグ・マムは五人に仕事を命じた。……魔法書を入手し、時計塔を破壊せよ……と。
「ちっくしょー、しつっこいぜ、あいつら!」
しばらくの間時計塔を眺めていた二人の元に、キャロットが単独で駆け戻ってきた。ショコラ達は上手くどこかでまいてきたらしい。逃げ足はやはり超一流である。
「兄さん、ここには仕事で来てるんだから……」
「わーってるって!」
キャロットは息を調えると、めんどくさそうに呟いた。マロンがふう……と溜め息をつく。しかしそれは、しょうがないなあ……という苦笑の部類に入る溜め息だ。
「……兄さん、それは……?」
ふと、マロンはキャロットの首に銀色に光るものを見つけて尋ねた。
「ああ、これ? さっき、どっかの子供にもらったんだよ」
「なんだ? 時計か」
ガトーが興味深そうに覗き込む。キャロットが指に引っ掛けて持ち上げて見せたのは、青い紐がつけられた、親指の爪ほどの大きさの時計だった。
ほんの少し、時間を遡る。ショコラとティラの追撃をかわして、キャロットは街の中を走っていた。二人の強力な追手をまかないかぎり、ナンパどころの騒ぎではない。
「いいかげんにしろっての!」
細い路地に隠れて、追い掛けてきたショコラとティラをやり過ごし、キャロットは舌打ちする。ショコラ達がしつこいのはいつものことなのだが、それでも口に出して悪態をつかずにはいられない。なにしろ、ナンパはキャロットにとって大切な(!)ライフワークなのである。『いつか本気で答えてくれるたった一人』を探しているのだから、絶対にやめられないし、邪魔されれば腹も立つのであった。
しばらくその場に隠れていたキャロットだが、やがて路地を逆の方向に抜けることにして、くるりと振り向いた。
「んっ?」
振り向いた先に、子供を発見してキャロットは内心驚く。路地に入った時にはいなかったし、今の今まで足音にも気付かなかったのだ。
そこにいたのは、白いワンピースを着て、亜麻色の髪に青いリボンをした少女だった。年の頃は八才前後か。すみれ色の瞳が、どきっとするほどの奇麗さでキャロットを見上げている。
「お兄ちゃん」
「俺に、なんか用?」
話しかけられ、キャロットは屈み込んだ。少女と同じ目の高さになるためだ。
「お兄ちゃん、あたしと遊んでくれる?」
「へっ?」
少女の言葉に、一瞬キャロットは固まってしまう。だがすぐに気を取り直して、微笑んだ。子供であろうと、女性は女性。キャロットにとって、女性は優しくするべき存在なのである。
「そーだな、仕事終わったら、いいよ」
「本当?」
キャロットの言葉に、少女は嬉しそうに笑った。その可愛い表情に、キャロットはあと十才年取ってたらなあ……とは思ったが、口にはしなかった。
「約束ね!」
少女はそう言うと、ポケットから青い紐のついた時計を取り出して、キャロットの首にかける。少女には約束の印らしい。
「あたし、サーナ! お兄ちゃんは?」
「俺はね、キャロット」
「キャロットお兄ちゃんね! 約束よ!」
それだけ言うと、サーナは振り向いて駆け出した。彼女の姿が見えなくなってから、ふとキャロットは約束はしたものの、待合せを決めていなかったことを思い出したが、探せばいいか……と気にしなかった。女性との約束を守る……という一点において、キャロットに『面倒くさい』という意識は存在しないのであった。……この場合、女性が子供であるのは難点なのだが……。
「……という訳でえ、もらったんだ」
話し終えて、キャロットはあらためて時計を見直した。時計は全然動いていない。おもちゃかもしれない。「……お前は、女ならなんでもいいのか?」
ガトーが呆れたような顔をしている。だがキャロットは気にしていないようだ。気にいったのか、時計をいじくりまわしている。 それを見ながら、複雑な表情をしていたのはマロンである。キャロットが子供に優しいのはいいのだが、子供とはいえ他人に優しいのも、なんとなく面白くないのだった。
「何複雑な顔してんだ、マロン?」
ガトーがからかうように言う。一瞬マロンの顔に赤い色が走ったが、すぐに表情を押し込めてしまった。
「ダーリン! いつの間に戻ってきてたの?」
「逃げ足だけは一流ですのね!」
ちょうどよく帰ってきたティラとショコラが、キャロットを見つけて口々に騒ぐ。ガトーがそれを見て、悪戯ぽっい笑いを浮かべた。
「ティラ、ショコラ! こいつ、デートの約束してきてるぞ」
「ガ、ガトーっ? なに言い出すんだっ」
突然とんでもないことを言い出すガトーに、キャロットが慌てて抗議する。だが、すでに遅し……キャロットは背後で炎が燃え上がったような錯覚を起こした。……そう、ティラとショコラの嫉妬の炎である。
「ちょ、ちょっと待てっ、話を聞けっ」
「問答無用……!」
「油断も隙もありませんわね!」
「話を聞けっての! ちくしょー、ガトー! 憶えてろっ」
怒り狂ったティラとショコラに再び追い掛けられ、キャロットは走り出した。ガトーは無責任に、面白そうな笑いを浮かべている。 ふう、と短い溜め息をついて、マロンはもう一度時計塔を振り返る。落日の光に赤く染め上げられた塔は、まるで血に濡れているようだった。
結局、事情を話して許してもらったキャロット(それでも半殺し)が戻ってくるのを待って、五人は街の安宿を宿泊場所に選んだ。野宿が続いているので、今回は久し振りの真面な宿だ。部屋割りは、男女それぞれ一部屋づつ。
「明日早いからな。さっさと寝ちまおうぜ」
大欠伸をしながら、キャロットはベッドに転がった。ふと隣のベッドを見ると、ベッドに座ったマロンが、何かの本を開いている。
「何の本だ?」
ガトーが何の気なしに聞くと、マロンは『古代宗教の聖書』と答える。宿の主人が熱心な信者なのか、部屋に備え付けてあるのだ。ファミル帝国の国教はステラ教だが、地方に行くと、こういう古代からの宗教が根強く残っていることがある。
「古代宗教ねえ……」
キャロットは興味がなさそうに呟いて、もう一つ欠伸をする。その次の瞬間、呆れるほどの早さで眠り込んでしまった。毛布をかぶるのも忘れている。
「……どこに行っても呑気な奴だな」
呟いてガトーが苦笑する。マロンも小さく微笑むと、持っていた本を自分のベッドに置いて立ち上がり、キャロットに毛布を掛けてやる。
「俺達も寝るか……明日は夜明けから仕事だしな」
「そうだね」
ガトーに頷いて、マロンは本を閉じた。ふと鐘の音を遠くに聞いて、マロンとガトーは耳をすます。時計塔の鐘は、静かな街の夜に九つ鳴り響いて止まった。それを聞き終えてから、ガトーはランプの炎を消す。ほとんど時を同じくして、隣のショコラとティラの部屋でも明かりが消えた。
マロンが開いていた聖書の一頁……そこにはこんな言葉が書かれている。『地上にくくられし咎人よ、絶望に落ちることなく求めよ……神は光臨される、あなたを救うために』
そうして一旦は眠りについたものの、全員が夜中に飛び起きることになった。……時計塔の鐘が鳴ったのだ……それも十三回!
十二時までの鐘は気にならない程の音量の鐘だったのだが、その時は違った。はっきりと、まるですぐ側で鐘が鳴っているかのような大音響で、十三時を告げたのだ。
「……まさか?」
マロンが起き上がり、窓を開けた。湿っぽい空気の匂いがする。街が霧に包まれているのはすぐにわかった。
「……マロン!」
後から起き上がり、ランプに火をいれたガトーが、慌てたようにマロンを呼ぶ。振り向いたマロンが見たのは、何時の間にかからっぽになっている、キャロットのベッドだった。
「ねえ、今の鐘聞いた……?」
隣の部屋のショコラとティラが、起き出してきて部屋に入ってくる。二人も十三時の鐘の噂を聞いていたので、気になったのだろう。
「……? どうしたんですの?」
二人は、絶句しているマロンとガトーの顔を見回して、はっとした。
「……キャロは? どこに行ったんですの?」
「ダーリン……まさか?」
瞬時に、視線が飛びかう。結論を出したのは誰が一番最初か。口にしたのは、マロンだった。
「……時計塔に行こう!」
全員が無言で頷いた。
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