トラブル・ウエディング

 夏も終わりに近づいたある日……、ステラ教会に手紙が届いた。宛名はキャロット、差出人はジンニ。
「兄さん、手紙がきてたんだけど……」
部屋に戻ってきたキャロットに、食事の用意をしていたマロンが台所から顔を出した。
「これか?」
テーブルの上に、白い封筒が置いてある。
「ジンニ……って誰だっけ」
「……ほら、『ネーヤの鏡』事件の、兄さんにそっくりな人だよ」    
「ああ! あのえーちちしとったあの娘か!」
「……どういう覚え方……」
キャロットの記憶の仕方に、マロンがあきれた顔をする。キャロットは気にする風でもなく、椅子に座ると、早速封筒を開く。その後ろから、マロンが覗き込んだ。
「もしかして?」
「おう♪ そーみたいだぜ」
キャロットの開いた手紙には、予想通りの言葉が並んでいた。……『結婚します』
「この世界では十五歳になれば結婚OKだ」
「誰に説明してるの……?」
「別に」
事件当時、セリパはまだ十四歳だったから、彼が十五になるのを待っていたのだろう。姉さん女房である。
「それで?」
マロンが先を促す。
「結婚式にこいってさ。ティラもだな」
二人が愛し合うようになったきっかけはあの『ネーヤの鏡事件』だったから、その関係者である三人に対する、結婚式の招待状だったのだ。
「おし、マムに休みもらおう! ちょっと行ってくらあ!」
キャロットが立ち上がる。何か凄く嬉しそうだ。
「……兄さんにそっくりな、ジンニさんのウェディングが見れる……?」
キャロットが出ていってしまった後、なぜかそう呟いて赤くなっているマロンであった。……別にキャロットが結婚するわけじゃないぞ!  


マムがいるのは、教会の『鏡の間』である。どこを向いても鏡鏡、自分が何人もいるように見えるのでちょっと落ち着かない。鏡を見て脂汗を流す、蛙の心境がちょっとわかる……わけはないか。
「ちわーっす」
「あら、キャロット。珍しいですね、貴方が一人で来るなんて」
マムがにこやかに返事をしてくれる。マムを恐がっているキャロットが(ほとんど自業自得だが)、呼ばれもしないのに一人でやってくるのは、実に珍しい。
「どうしたの、キャロ?」
ドーターも不思議そうだ。
「そりゃーもちろん、ドーターをくどきにきたのさあっ」
当初の目的は隅へ蹴飛ばして、キャロットがドーターに寄っていく。
「相変わらず可愛いなっ! ドーター!」
「やだあ、キャロったらあ!」
ばちこーん! とドーターがキャロットの頭を張り倒す。意外な力強さに、キャロットが床と抱擁した。
「キャロット、ドーターを口説くのは後回しにして、ここへ来た目的を言いなさい」
「へーい」
むく、と起き上がり、キャロットがしぶしぶ口を開く。
「実は、前に『ネーヤの鏡』事件で知り合いになったジンニから、結婚式の招待状がきたんすよ」
「まあ、結婚式ですか」
「結婚式?!いいないいな、お嫁さんだぁ!」
何故かドーターがはしゃいでいる。ドーターに限らず、 『結婚式』だの『お嫁さん』だのと聞くと、大概の女の子は嬉しそうな顔をする。結婚する本人でもないのに……何故だ?
「それで、お休みもらえないかなー……っと」
「そうですね。おめでたいことですし、駄目とも言えませんから……」
「やりい! 話がわかるじゃん、ビッグ・マム!」
「次のお休みの前借りということで手を打ってあげましょう」
「げー……」
……喜びは一瞬であった。
「行くのはかまいませんが、くれぐれも『そこのお嬢さん、僕と結婚しませんか!』だの、『花嫁さん、僕と逃げませんか?』だのと言い出して、マロン達を困らせないようにしなさいね」
「そんな馬鹿なこと、俺がするわけないじゃありませんか、ビッグ・マム!」
「いいえ、絶対やります、貴方なら」
……全然、全く、完璧に、信用がないのであった。
「彼女達の町の結婚式は、特別なんですよ」
「特別……?」
「そうよー、キャロット。すっごく特別なんだから 」
ドーターがぱたぱたとキャロットの側に飛んでくる。キャロットが不思議そうな顔で見返した。『特別』とは……?
「彼女の町にはね、ジュナーという女神様が祭られているんだけど……」
「女神様?」
「そう。ステラ教が国教に定められる以前から祭られていた、言わば古代の宗教です」
地方に行くと、時々そういう土着の宗教が残っていることもあるので、別に驚くほどのことではない。
「最も、今では宗教というほどの事はないのですけどね」
「それでね、そのジュナーという女神様なんだけど、結婚の守り神なの。それで、結婚式だけは昔からの教義に乗っ取って行なわれるんですって!」
「ムカシカラノキョーギ?」
「つまりですね、彼女の住んでいる地方では、結婚式が許されるのは、一年でたった一日だけなのです」
「たった……一日〜?!」
「そーよ。だから、結婚が決まったカップルは、毎年その日を、首を長くして待ってるの」
「ほえ〜」
一年でたった一日だけ、結婚が許されている。びっくりの事実に、キャロットがぽかんと口を開けた。
「だから、その日の結婚式はもうたくさんのカップルが集まってくるから、凄く大変なんですって!」
「そりゃーそうだろうなあ……」
考えてみてほしい。一年間で結婚するカップルが、その日一日だけに集中して、教会に押し寄せる様を。……大変どころの騒ぎではない。一大イベントである。
「そのせいもあってぇ、式が無事に終わらないと、その日に結婚式をあげたカップルは、幸せになれないって言われちゃってるのよ〜」
「ううむ……」
馬鹿馬鹿しいとは思うのだが、当事者達は真剣なのだろう。
「ですからね、キャロット」
にこにことマムが言葉を続ける。……微笑んではいるのだが、目が笑っていない気がするのは……気のせいだろうか。
「くれぐれも、あの町の結婚式で下手なことはしないように。特に、式の途中で何かあろうものなら、結婚式を失敗させたとして、その年のカップル全員に呪われますからね」
「……」
それだけは避けたいと思うキャロットであった。  


そんな訳で、キャロット・マロン・ティラの三人は、再び『ネーヤの鏡』事件が起こった町へ向かった。 
町は以前に来たときよりも賑やかだった。一大イベントなのだから当然かもしれないが、町全体が活気づいている。観光客もけっこういるようだ。
「そういや、この前来たときは、えらい目にあったっけなあ……」
事件のことを思い出しつつ、キャロットがうんざりと呟く。キャロットはあの事件で、頭の軽い法族・ダインに言い寄られるという(!)ほとんど冗談みたいな目にあっている。まぁ、向こうはジンニと間違えていたわけだが……。
「ほんとにそうですわね……」
答えるティラの声がうつろだ。うっとりとしている。キャロットが思わず、目の前で掌をひらひらと振ってみたが、心ここにあらず。
「なんだ? どしたんだ、ティラ?」
声をかけてみるが、やはり心ここにあらず。
「兄さん、あれだよ」
「なんだ、なんだ?」
マロンに示されて眺めた先に、ドレスの店がある。店が馬車な所を見ると、この日のためにどこかの町から行商にきたのかもしれない。第一、店先に並んでいるのは、ウェディングドレスだけだ。
「奇麗ですわねー……」
ほぅ……とティラが溜め息を吐く。ティラが見ていたのは、その店先に並んでいるドレスだったのだ。ウェディングドレスは、永遠の女の子の夢ということか。
「行商かな」
「たぶんね」
そんな行商がやってきても、十分商売が成り立つのか。
「いきなりここで『結婚しよう!』『ええ!』……という羽目になっても大丈夫だな」
「そうだね」
キャロットとマロンの会話の横で、何を想像したのか、ティラが真赤になっている。それでなくても赤を基調にしているティラだ。顔が真赤になると、んもう、全身真っっ赤。
「おおしっ! それなら行くぜ!」
「兄さん?!」
驚くマロンをよそに、キャロットがものすごい勢いで駆け出していく。
「おっっじょおさあ〜ん! 僕と結婚しませんかあ〜」
「きゃああああ!」
ばしいっ! 間髪いれずに殴られた。……いつものナンパである。あれほどビッグ・マムに言われていたにもかかわらず、(しかも台詞まで同じだ)困ったものである。成功しないからいい、というものではない。
「はっ!」
それまでぼおっとしていたティラが、キャロットの声で正気に戻った。その瞬間、一気にテンションが上がる。
「キャロおおおおおっ! こんな時に何やってるんですの!許しませんわよ!」
おなじみ、百トンハンマーを振り上げる。
「お待ちなさいまし!」
「待てと言われて待つ馬鹿はいねえよっ! おっ、そこのお嬢さ〜ん! 僕と永遠の愛を誓ってみないかいっ! 君で駄目ならそこの君っ!」
懲りない奴は死んでも懲りない。たとえティラのあのハンマーで殺されたって、ゾンビのごとく蘇るに違いない。
「兄さん……」
駆けていく二人を見送りながら、あれほど言ったのにい……という表情で、マロンが滝のような涙を流していた。


「お待ちなさいまし! キャロ!」
「どわっ、ひえっ、お前! 本気で殺す気か?!」
次々繰り出されるハンマーに、キャロットがいちいち大げさに避けている(あながち大げさとも言い切れない勢いではあるが)。
「かまいませんわ! 一度潔く死になさいまし! それが世のため人のためですわ!」
ティラは何故か、いつもよりテンションが高い。自分を差し置いて、通りすがりの女の子にプロポーズしているキャロットが、許せないだけなのかも知れないが……。
「ちくしょー、冗談も本気もわびもさびもわからねえ奴だなっ」
この際、わびもさびも関係ないぞ。 
命がけで逃走を続けていたキャロットは、やはり活気づいている市場の近くまで逃げてきた。逃げる先々で女の子に声をかけ、それがますますティラの嫉妬と怒りを買うのだが、わかっているけどやめられない、のである。
「おお! あそこに見えるはスレンダー美女! お姉さん〜! 生まれる前から愛してました〜!」
そんな訳あるか、という突っ込みは無視して、キャロットがスレンダー美女めがけて突進していく。
「待ちなさい、キャロ〜 」
ティラがもう一度叫んだ。その瞬間、キャロットが何かにつまづいて、勢い良く地面と抱擁する。
「ふぎゃっ!」
「キャロ?!」
いきなりのことに、ティラの怒りが一瞬飛んだ。キャロットが、鼻の頭を撫でつつ、起き上がる。どうやら無事のようである(最も、コケたくらいで怪我をするようなキャロットではないが)。
「いててて……何だっ、誰だ、人の足を引っかけた奴は!」
「浮かれた馬鹿が、勝手に引っかかっただけだろうが」
あきれたような台詞が、キャロットの上から振ってくる。この、聞き覚えのある声は……。
「あ……あーっ! てっめえ、ガトー!」
「馬鹿にてめえ呼ばわりされる覚えはねえ」
「なんだとこの! そういうてめえは、筋肉馬鹿じゃねえかっ!」
キャロットの足を引っかけたのは(正確にはキャロットが勝手に引っかかったのは)ガトーの足だったのだ。
「何でてめえがここにいる?!」
当然の疑問だが、それに答えが帰ってくる前に、何かがキャロットの視界に飛び込んでくる。
「きゃーん、ダーリンっ! 会いたかったーん♪」
「げげ?!」驚く暇もあればこそ。ガトーがいれば当然彼女もいる、そう、ショコラである。
「ちょっ……やっ……ショコラ! やめんかこら! 脱ぐなーっ!」
「お姉様っ!」
どたばた劇を始めている二人に、ティラが加わろうとするのだが、どうも圧倒されている。ともあれ、これでキャロットの逃走は防げたのだ。
「ガトーちゃん、どうしてここに?」
「いや、仕事が終わって、休暇もらったんだがな。ティラ達がここに結婚式の出席で来てる、ってマムに聞いたら、ショコラがどうしても行くっていうんでな……」
ガトーが呆れたように顎を撫でている。
「お姉様がねえ……」
隙あらば、キャロットと結婚式を挙げてやろう、という魂胆だろう。ここで行なわれる結婚式が、一度参加してしまえば、途中でやめられないことを知っているのだ。(そんなことをすれば、大量のカップル全員に呪われる)
「お、マロンじゃねえか」
「え、マロンちゃん?」
ガトーの台詞に、ティラが横を向いた。確かに、市場の中をマロンが歩いている。……が、が、何か変だ。
「マロン……ちゃん?」
「……」
かぱっ、とガトーとティラが口を開けてしまう。二人の様子が変なことに気付いて、どたばたしていたショコラとキャロットもその方向を見て……同じようにかぱっ、と口を開けてしまった。
「ま……マロン?」
キャロットが冷や汗をかきつつ呟いた。市場の中を歩いていたマロンが、視線に気がついたのか、振り返る。……ひらひらスカートの、ワンピ姿で……。
「な……なにやってんだマロン?!お兄さんはお前を、そんな子に育てた覚えはありませんよ?!」
……マロンの方だって、育てられた覚えはないに違いない。だが言葉でわかる通り、キャロットはかなり動転している。慌てて、マロンの所へ飛んでいく。
「……あれ?」
「おや?」
「あらら?」
残された三人が、それぞれに変な顔をした。走っていったキャロットも、それに気付いて、あれれ? という顔をする。
「な……何の御用でしょう?」
そう言ったマロンは、キャロットの肩のあたりまでしか、身長がなかったのであった。……マロンが女装したのなら、そんな訳はない。
「マロン……じゃないのか?」
ようやくその事実に気付いたのか、キャロットが呟く。そう、マロンにそっくりな顔をしているだけの少女だったのである。 
一方、マロンじゃなかったその少女は、そーっと後退りすると、一気に走って逃げ出した。……そりゃ当たり前か。
「あ、ちょっと……!」
キャロットが呼び止めようとするのだが、少女はすぐに街角を曲がって消えてしまった。
「だ……誰だったんでしょう……」
ようやく呆然から立ち直ったティラが、ショコラに向かって呟く。
「さあ……でも、マロンそっくりよねえ……」
「あれがいわゆる、瓜二つってやつか……?」
「どちらかと言うと、マロンちゃんにそっくりというよりは、叔母様の若い頃にそっくり、と言うべきなんでは……」
キャロットにあれだけ瓜二つの女性がいた町だ。マロンに瓜二つの少女がいても不思議はないのかもしれないが……それにしても。
「……ティラ、あたし今、すっごく恐い想像しちゃった……」
「……私もですわ……」
姉妹が青くなっている。ガトーだけは訳が分からないふうで、きょとんとした顔をしていた。姉妹がうなずきあって、ひそひそと囁き合う。
「見……見たくありませんわね」
「い……いないわよきっと」
「そうですわね……ガトーちゃんそっくりの女の人なんて……」
そ……それは見たくないかもしれない。  


結局、強力なお仕置係が二人に増えたことで、キャロットは一応、逃走を断念した。第一、目的があるのだから、そちらが優先だ。
「兄さん、探したよ……あれ? ガトーにショコラ? どうしてここに?」
ちょうど良く、雑踏から抜け出してきたマロンが(今度は正真正銘本物だ)、四人を見つけて声をかける。……だが、何故か四人が変な顔をしている。ガトーとショコラが何故ここにいるのかという疑問もあるのだが、それよりもその視線のほうが気になった。
「……? 僕の顔に、何かついてる?」
「いや……今な、お前にそっ……くりの女の子が……」 
「僕に……そっくり?」
「そうなんですわ。もう、みんなで間違えたほどそっくりで……」
「違うのは身長だけだな。本当にマロンそっくりで、美しかったぞ」
「……」
ジンニがキャロットにそっくりであるという事実があるだけに、一概に『見間違いだろう』とは言えないマロンである。
「ま……まあ、世界には三人ほど自分にそっくりな人間がいるって言うし……」
「そ、そうよね」
「それより、そろそろジンニさんの所に行かないと……」
式は明日だから、今日はジンニの家に泊めてもらう事になっていた。宿屋はほとんど、観光客や式の関係者で満館になっているらしい。
「二人……増えても大丈夫かな……」
「ひと部屋に雑魚寝でいいだろ。さっ、いこーぜ……って、家はどっちだ?」
「向こうの方だよ」
マロンが西の方を指し示したので、全員がぞろぞろと歩き出す。
「でも、さっきの女の子、本当にマロンかと思ったものね。どこの子かしら?」
「ジンニさんの妹だったら、面白いですわね」
「いくらなんでも、そりゃないだろー」
ぎゃははは、とキャロットが笑う。キャロットにそっくりなジンニに、マロンにそっくりな妹がいる……それはほとんど冗談と言うものだ。
「あの家みたいだね」
やがて、赤い色の屋根が見えてくる。ほどなく中から人が飛び出してきて、大きく手を振った。
「ジンニさんですわ!」
ティラが嬉しそうに手を振り返す。ジンニに初めて会うショコラとガトーが、目を丸くしている。
「ひっさしぶりーっ!」
相変わらずの元気の良さである。
「……呆れるほどそっくりだな」
ガトーが、キャロットとジンニを見比べて、感心したように呟く。ティラが一度、本気でキャロット本人が性転換したと、誤解したジンニである。最初からそうわかっていなければ、きっとガトーもショコラも見間違ったであろう。
「この度は、おめでとうございます」
礼儀正しく、マロンが挨拶している。ジンニが照れたように笑った。
「畏まった挨拶は、照れるからいいって! さ、入って入って!」
「あの、二人ばかり増えてしまったんですけど……」
ティラがおずおずと切り出す。ジンニはかまわない、と微笑んで頷いた。
「あたしの家、二人暮らしだから、部屋はたくさん余ってるから!」
「二人暮らし……?」
「そう、あたし、妹と二人暮らしだから」
「妹……」
ティラとショコラが顔を見合わせている。
「……まさか、ね」
「そうよ、まさかねー、あはは……」
とりあえず、促された通りに家に入った。家の中は奇麗に整頓されていて、気持ちがいい。
「紹介するね、あたしの妹。イルクっていうの……びっくりしないでね」
「びっくり?」
「しないでね?」
「……って、なんでだ?」
五人が顔を見合わせるのを他所に、ジンニが台所の方へと消え……ややあって、少女を一人つれて戻ってくる。
「あ」
「い」
「う」
「え」
「お」
思わずあ行を口々に呟いて、全員が絶句して口を開ける。
「……どうも、先程は……」
そう言って頭を下げたのは、見間違うはずのない、市場で見かけたあの少女だった。


「……本当に、本当に、姉妹なの?」
「本当だってば……びっくりした?」
驚き覚めやらない五人に、ジンニがにこにこと応対している。こんな偶然があっていいのか?
「いやー、びっくりさせようと思って、黙ってたんだけどー……」
「びっくりしましたわ」
「本当、本当」
「兄さん……」
呑気に頷いているキャロットに、マロンが蒼い顔で近づいてくる。
「何だ?」
「……父さんと母さんに、隠し子はいないよね……」
「……馬鹿……」
本気にまじめに、とんでもないことを心配している弟に、キャロットが呆れたような溜め息を吐く。
「どっちの隠し子でも、もう一人は生まれないだろ」
「……あ、そうか」
極端な話、どちらか片方の隠し子なら、片方だけに似るはずである。姉がキャロット(オニオン)似、妹がマロン (アプリコット)似、という状況はありえない。
「神様の悪戯、ってことだな!」
「呑気だね、兄さん……」
「考えなくてもいいことは、考えないことにしているのだ」
「だから馬鹿になるんだろうが……少しは頭を使え」
「筋肉ばっかり使ってる奴に、言われたかねえっ」
茶々を入れるガトーに、キャロットが言い返した。
「これはたぶん、ジンニさん達のご両親が、叔父様と叔母様に似てたんですわ」
ティラが感慨深げにつぶやく。それで子供たちもそっくりになってしまったと言うわけだ。
「……とすると、叔母様に似た顔をしている女性は、みんな叔父様顔が好みになるってこと?」
「人間は、自分にないものを求めるからなあ……」
ショコラの疑問に、ガトーがしたり顔で頷く。
「どういう意味だ?!」
「そういう意味だ」
「まぁまぁ、二人とも……」
一触即発状態のガトーとキャロットの間に、ティラが割って入る。おめでたい席で乱闘というのも好ましくない。 (第一、本当に乱闘になったら、十中八九キャロットが負ける)
「それより、セリパさんはお元気ですの?」
「んー元気元気。ま、ここ数日、会ってないけど」
「何故?」
「結婚する当人同士は、五日ほど前から、式の当日まで会っちゃいけない事になってるから」
「へえ……いろいろ面倒なんだな」
キャロットが感心したように呟いた時、イルクがお茶を運んできた。この地方独特の、花の香のするお茶だ。
「見れば見るほどそっくりだな……美しい……」
ガトーがイルクを眺めて呟く。聞こえたのか、イルクが真赤になった。……可愛い。確かに可愛いが、隣に同じ顔が並んでいると……少々複雑である。
「可愛いでしょ? あたしの自慢の妹だもん」
ジンニが、本当に自慢げに、イルクの首に腕を回した。
「可愛いもんで、町の連中に、しょっちゅうちょっかいかけられて……。お陰であたし、こんなに逞しくなったんだよね」
要するに、悪い虫を撃退しているうちに、強くなってしまったと言うことか。
「セリパに会いたいんだったら、ナッツ通りを西へ行った、緑の屋根の家だよ」
ジンニの家は赤い屋根、セリパの屋根は緑色。……ぴったりである(何が?)
「結婚したら、どっちの家で暮らすんだ?」
「一応、向こうにお嫁に行っちゃうんだよね……ちょっとあの子が心配だけど」
再び台所に消えていくイルクの背中を、視線で追いかけて、ジンニがつぶやく。
「でーじょーぶだって!」
呑気にキャロットがつぶやく。ガトーがいかにもやれやれ……という感じでため息を吐いた。呑気すぎると言いたいのだろう。が、何故かマロンが追従する。
「そうだね。……きっと大丈夫だよ」
照れたような顔で、キャロットがマロンの顔を見た。マロンが微笑んで見返す。……キャロットが大丈夫だと言った意味の、正確な意味をマロンは知っているし、マロンが頷いたわけを、キャロットはわかっている。……誰かに大事にされた記憶があること、そして大事な誰かがいること……それがあれば、一人で歩くことはそんなに難しくない。
「ちょっと! 言外でわかりあってるのはいいけど、いつまで見つめあってんのよっ!」
ショコラが憤慨したように頬を膨らました。キャロットとマロンが、はっとしたように視線を反らした。……顔が真赤だ。
「……やらしいですわ」
「……あやしいわっ」
姉妹がきつい視線で睨んでいる。ごほごほ、とキャロットが咳払いをして、立ち上がった。
「おれ、ちょっくらセリパの所に行ってくるわっ」
ほとんど逃亡である。すかさず、姉妹が続けて立ち上がった。
「あ、あたしも行くわよっ、ダーリン!」
「私も行きますわ!」
「でーっ、お前らは来なくていいって!」
「あ、兄さん、僕も……」
結局、四人が出ていってしまい、残ったのはガトーだけであった。
「あんたは行かないの?」
ジンニがにこにこと笑いながら、ガトーに話しかける。人見知り、という言葉とは無縁だ。顔が似ていると、性格まで似るものなのか。
「ああ、別に知り合いって訳じゃないしな……式で会うからいいさ」
ガトーにしてみれば、全く見ず知らずの他人である。(本当はショコラにとってもそうなのだが……更に言ってみれば、ジンニだって見ず知らずなのだが)押しかけては迷惑だと思ったのか、単に面倒くさいのか。
「お茶のおかわり……あら、皆さんおでかけですか?」
台所から、イルクがポットを持って出てきた。
「セリパの顔見に行ったの。夕飯までには、戻るんじゃない?」
ジンニの言葉に頷きながら、イルクが一人残ったガトーのカップに茶を注ぐ。花の香が、ふわっ……と広がる。
「じゃあ、夕飯の支度するから、姉さん手伝ってね」
「いいよ。……と、お相手してたほうがいいかな」
「俺はかまわねえよ。その辺、散歩してくるから」
「そう?」
「ああ。これ飲んだらな」
イルクが新たに注いでくれたお茶を飲みながら、ガトーがウインクして答える。イルクが嬉しそうに微笑んだ。




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